佐々木朗希さんのプロフィール両親や兄弟・彼女岩手県大会の結果は

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テレビ番組

高校野球に「令和の怪物」が誕生したというニュースが飛び込んできました。
それは高校野球始まって以来の脅威の球速163kmをマークした、
佐々木朗希選手です。

その活躍もさることながら、イケメン佐々木朗希選手について、プロフィール、

調査してみました。

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佐々木朗希さんのプロフィール

佐々木朗希投手「大船渡」ケース打撃練習で」163キロをマーク

佐々木朗希選手は2001年11月3日生まれの現在17歳、
岩手県出身の右投げ右打ちの投手です。

小学校3年生の時から野球を始めました。
東日本大震災により陸前高田市から大船渡市の小学校に転校しています。

中学生時代には大船渡私立第一中学校の軟式野球部に所属しました。
そこで、当時すでに球速が141kmだったというのですからすごいですね。

さらに、中学3年生の時にはオール気仙でKB東北大会に出場して準優勝を
はたしました。

その後、複数の野球強豪校から誘いがあったものの佐々木朗希選手は
それをすべて断り、地元の県立大船渡高等学校に進学し、1年生の夏から
公式戦に参加しています。

甲子園の出場経験はないものの、「高校四天王」のひとりとして今高校野球界で
大注目の選手です。

佐々木朗希の両親(父親&母親)の職業は?

佐々木朗希選手の家族構成は、どのようになっているのでしょうか。

佐々木朗希選手の父親は功太さんといいますが、実は2011年の東日本大震災で
被災し、亡くなられています。

どんな仕事をされていたのかという情報は発見できませんでした。
生前の功太さんは普段は明るいけれど、時には厳格な父親であったそうです。

佐々木朗希選手の母親は、陽子さんといいます。
功太さんが亡くなられ、さらに震災後の混乱の中、女手一つで頑張って
こられました。

さらに佐々木朗希選手にはお兄さんと弟さんがおり、それぞれの名前は
琉希さんと怜希さんです。

お兄さんは野球をしていたそうで、それが佐々木朗希選手が野球を始めた
きっかけとなっているようです。

本人も、「小さいころから兄に負けないように野球を頑張ってきた」
と言っています。

弟さんについての情報は出てきませんでした。

佐々木朗希の活躍 球速や球種の評価など

中学生の時点で既に驚異の球速を誇っていた佐々木朗希選手は、
高校2年生の春の県大会で自己最速153kmを打ち出しました。

さらに夏には154km、秋には157kmとぐんぐん球速が上がって
きています。

2年生の時には「3年生になったら球速160km以上の球を投げるのが目標」と
言っていた佐々木朗希選手です。

高校3年生となった2019年の4月6日の奈良県U18高校日本代表候補1次合宿の
紅白戦で、ついに163kmを打ち出しました。

これは高校野球史上最速なんですよね。

そんな佐々木朗希選手の球種はストレート・スライダー・フォーク・
チェンジアップですが、2018年の秋の大会ではひじの負担が強いフォークを
封印していました。

成長期には、あまり肘に負担をかけないことで、野球を続けられるように
配慮したようです。

もちろん佐々木朗希選手はスカウト陣からも期待をされていて、
「あの昭和の怪物・江川卓選手や平成の怪物・松坂大輔選手以上の逸材」と
言われて注目されつでけています。

佐々木朗希が大阪桐蔭を断った理由

中学生のときから注目を浴びていた佐々木朗希選手ですが、
当然全国の野球の強豪高校から誘いの声がかかります。

その中には野球の名門高校・大阪桐蔭高等学校もあったのですが、
なぜか、佐々木朗希選手は断っています。

実は佐々木朗希選手は、「中学時代の野球が楽しかったので、地元の仲間と
甲子園を目指したい」という理由で、地元の高校である大船渡高等学校に
進学したんです。

震災でお父様を亡くされてからお母様、兄弟とともに、地元の方々との
日々が、何よりなのかもしれませんね。

佐々木朗希の彼女は?好きなタイプは?

佐々木朗希選手は身長190cm・体重86kgと大谷投手と引けを取らない
ボディの持ち主です。
しかも顔もなかなかのイケメンですね。

これはモテるでしょうね。
もしかすると彼女がいるのかな?と気になり調査してみましたが、
彼女の有無はわかりませんでした。

野球で忙しく、付き合っている暇なんてないかもしれませんよね。
そんな佐々木朗希選手ですが、好きなタイプは公言しています。

それは、日本一可愛い女子高校生に選ばれた福田愛依さんです。
福田愛依さんは福岡県出身で、福岡ソフトバンクホークスの大ファン
なんですよ。

2019年5月18日高校野球の春季岩手県大会の結果

高校野球の春季岩手県大会は18日、1回戦が同県野田村の
ライジング・サン・スタジアムなどであり、大船渡は延長戦の末、
釜石に4―5でサヨナラ負けしまた。

同点の十回無死満塁、白球が左前へ抜けていく。右翼の守備位置についていた
佐々木はサヨナラ安打を見届けると、無表情のまま整列に向かいました。

そして、「悔しいです」と声を落としました。

この日は「4番・右翼」で先発出場。一回に4点を先行されても、八回に同点に
追いついた後も、投球練習をせず、マウンドに上がることはありませんでした。